僕は、予約フォームの送信ボタンの前で、何度も指を止めた。

カーソルは、青いボタンの上に乗っていた。 あとは、押すだけだった。

ただ、そのクリックを、何分、考えていたのか、覚えていない。


美容皮膚科の初回カウンセリングだった。 ニキビ跡の凹凸を相談する、という、ただそれだけの予約だった。

「ご相談内容」の欄には、当時の自分が、何度も書き直した一文があった。 「ニキビ跡について相談したい」と書いて、消した。 「肌の凹凸を相談したい」と書き直して、また消した。 「肌の悩みについて」とだけ書いて、それで止めた。

その夜は、ベッドに入っても、長く寝つけなかった。


クリニックを予約する、というのは、不思議な行為だ。

施術そのものよりも、予約を取る、その瞬間の段差 が、ずっと高い。

予約をした瞬間に、自分の中で、何かが定義される。 「自分はこれを気にしている人間だ」 「自分はこれを直すべきだと判断した人間だ」 「自分は、医療の場所に、この身体を持っていく人間だ」

その自己定義の一段が、僕には、施術そのものよりも、ずっと、超えにくかった。


クリニックの予約を取る前夜の自分には、いくつもの心配があった。

待合室で、知り合いに会ったらどうしよう、という心配。 受付の人に、内心で「男なのに」と思われたらどうしよう、という心配。 医師に、症状の重さを、軽く扱われたらどうしよう、という心配。 逆に、想像以上の処置が必要だと言われたら、どうしよう、という心配。

そのどれも、当日、起きなかった。 ほとんど起きなかった。 それでも、前夜の僕には、その全部が、現実の重さで、立っていた。


予約を取る前夜の不安、というものを、当時の僕は、誰にも話せなかった。

恋人にも、家族にも、友人にも。 「明日、美容皮膚科に行く」と言うだけで、自分の身体への評価を、相手の前に置くことになる気がした。

代わりに僕は、夜に、検索を繰り返した。 「美容皮膚科 男 通うのが恥ずかしい」 「メンズ 美容皮膚科 体験」 「ダーマペン 男 初回」

検索結果には、宣伝の言葉と、極端な成功談しか並んでいなかった。 当時の僕が必要としていたのは、「予約の前の夜に、同じように指を止めていた人がいた」 という、ただそれだけの事実だった。

それを、当時、僕は、見つけられなかった。


翌日、僕はクリニックに行った。

受付の女性は、特別な表情をしなかった。 カウンセラーは、僕の頬を、しばらく、無言で見た。 医師は、選択肢を、紙の上で、淡々と説明した。

その日、僕は、何の処置も受けなかった。 「考えてから連絡します」と言って、出た。

ビルを出て、青山の歩道を歩きながら、僕は、不思議なほど、軽くなっていた。


軽くなった理由は、施術を受けたから、ではなかった。

軽くなった理由は、前夜の僕が抱えていた想像の重さが、現実より、ずっと大きかった、と知ったからだった。

カウンセリングを終えてから、僕は、自分の身体について、はじめて、医師という第三者の声で、客観的な説明を受けた。 その説明は、僕が一人で抱えてきた、長年の自己評価より、ずっと、温度の低いものだった。

「この程度なら、選択肢はいくつかあります」 「急ぐ必要はないので、半年くらい考えてもいいですよ」

その淡々とした口調が、僕には、救いだった。


クリニックを予約する前夜の自分に、いま、もし手紙を書けるなら、こう書く。

予約を取る決断の、半分は、想像と戦う作業だ。 クリニックは、思っているよりずっと、淡々とした場所だ。 受付の人も、医師も、あなたの身体に、特別な感情を持っていない。 彼らにとって、それは、月に何百回も向き合う、普通の相談のひとつだ。

ただ、予約を取る、その一瞬の段差は、確かにある。 それを過小評価しなくていい。

その段差を、超える夜に必要なのは、決意の言葉ではなく、 「同じ夜を、同じように過ごした誰かがいた」 という、静かな前例だ。


これを読んでいる人が、いま、クリニックの予約フォームの前に座っているなら、 急いでクリックする必要はない。

今日、押せなくてもいい。 来週、押せなくてもいい。 半年後でも、一年後でも、押す日が来るなら、それでいい。

押した日の夜が、決して、特別な夜になるわけではない。 ただ、その夜の自分が、少しだけ、自分のことを大事にする動作を、ひとつ、覚えただけのことだ。


予約を取る、というのは、回復の入口ではない。

予約を取る前夜に、自分の身体について、ちゃんと考えた時間が、 すでに、回復の一部 だ。

その時間に、価値がある、と、僕は、いまでも思っている。