予約フォームの送信ボタンの前で、3 日、迷った。

「ご相談内容」の欄に「ニキビ跡」と書いて、消した。 書き直して、また消した。 最後は「肌の凹凸について相談したい」と書いた。

その表現に決めたのは、診察室で口に出すときに、 「ニキビ跡」と言いたくなかった、というだけの理由だった。


クリニックは、青山にあった。 理由は、明確だった。 会社の人にも、家族にも、当時付き合っていた人にも、絶対に会わない街を選んだ。

地下鉄を降りて、地上に出て、ビルの前で 5 分、立ち止まった。 ガラス越しに、待合の様子が透けて見えていた。 入って、5 分以内に、自分の名前が呼ばれるはずだった。

入った。 受付の女性は、僕の顔を見上げて、にこやかに会釈した。 何も言われなかった。

その一瞬で、僕の中の何かが、少しだけ、解けた気がした。


待合には、4 人いた。 全員、女性だった。

僕は、入口に近い椅子に座って、視線を膝の上のスマホに固定した。 誰も僕を見ていなかった、と思う。 ただ、僕は、自分の顔の凹凸を、隣の人に見られているような気がしていた。

その気持ちは、医療の問題ではなかった。 自意識の問題だった。 わかっていた。それでも、視線は、ずっと膝の上にあった。


カウンセラーの女性は、20 代後半に見えた。 「気になっている箇所を見せてください」と、静かに言った。

僕は、頬を指差した。 「鼻の脇から、頬骨にかけて、です」 声が、自分でも驚くほど、低かった。

彼女は、僕の頬を、しばらく、無言で見た。 何の判断もしていない、ただ、視線がそこにあった。

そして、「これは、いつ頃から気になっていますか」と聞いた。

僕は、答えるのに、5 秒かかった。 「中学の終わりから、ずっと、です」と言った。 それは、初めて、他人に、ちゃんと言った言葉だった。


その日、僕は、何の処置も受けなかった。

カウンセリングだけだった。 ダーマペン、ピーリング、CO2 レーザー、選択肢の説明を、紙の上で受けた。 次の予約は、その場で取らなかった。 「考えてから連絡します」と言って、出た。

ビルを出て、青山の歩道を歩きながら、 僕は、自分のために、何かを始めた、と思った。

何の処置も受けていないのに、 予約を取り直してもいないのに、 「相談に行った」という事実だけで、 20 代の前半に立っていた場所から、半歩、前に進んだ気がした。


それから 6 年、僕は、青山のそのクリニックに通い続けた。 ダーマペンを受け、レーザーを受け、ピーリングを受け、年に何度も顔を施術した。 頬の凹凸は、いまも完全には消えていない。 ただ、当時より、ずっと薄い。


何より、6 年前のあの日の自分が、いまも僕の中にいる。

地下鉄を降りて、ビルの前で 5 分立ち止まった、あの自分。 膝の上にスマホを固定して、視線を上げられなかった、あの自分。 「中学の終わりから、ずっと、です」と、5 秒かけて言った、あの自分。

回復は、たぶん、その瞬間に始まっていた。

処置を受けたかどうかではなく、 自分の問題を、自分以外の人にちゃんと言葉にした、その 5 秒で。