書き手は 20代後半でワキガの手術を受けた。だから、答えられる範囲のことだけを書く。


変わったこと。

電車の吊り革を、夏に握れるようになった。 それまでは、両手をだらりと下げて、ドアの近くに立つことを選んでいた。 握れるようになった、というのは、握っても誰も気にしないだろう、と思える時間が増えた、 という意味で、自分の中の警報が、少しずつ下がっていった感覚に近い。

会議室で、隣に誰かが座ることが怖くなくなった。 これは身体の問題というより、自分が自分に対して構えていた距離が、ゆるんだ、という方が近いかもしれない。

変わらなかったこと。

「におっていないか」と確認する癖は、しばらく残った。 手術で何かが減ったからといって、長年染みついた監視の癖が、そのまま消えるわけではない。 ここはむしろ、身体の問題ではなく自意識の領域だ、と後から知ることになった。

服の色も、しばらくはグレーを避けたままだった。 変える必要がなくなったのに、選ばない癖だけが残っていた。 これも、ゆっくり書き換わっていった。

いま思うこと。

手術は、身体の側の一工程だった。 そこで終わるわけではなく、その後に残る自意識を、どう静かに付き合っていくか、 という別の時間が始まっていた。

距離感が変わったのは、手術の翌日ではなくて、たぶん、1〜2年経った頃。 それくらい、ゆっくりだった。


※ 個別の症状や治療の判断は、医療機関にご相談ください。本記録は当事者の観察であり、 医療行為・診断・受診勧奨を行うものではありません。