30 代になってから、洗面所の鏡の前で 5 秒長く立つようになった。
歯を磨くあいだ、ただまっすぐ前を見ていたはずだった。 ある朝、視線が、まっすぐより少しだけ上に止まっていることに気がついた。
額の生え際だった。
僕の家系には、薄毛が出ない。 父も、祖父も、伯父も、髪の量で困った話はしてこなかった。 だから僕は、長いあいだ、髪を「気にする領域」として持っていなかった。
そのことを、安心していた、というよりも、 ぼんやりしていた、というのが正確だ。
きっかけは、よく覚えていない。
職場の同年代の同僚が、誰にも言わずに AGA のオンライン診療を始めた、と ある雑談で耳にした。淡々と話していた。 彼の生え際は、僕の目には変わっていないように見えた。
その夜、湯から上がって、髪を拭きながら、鏡の前で、 僕はわずかに前髪をかきあげた。
そのとき初めて、自分の額のかたちを、知った気がした。
それから数日、洗面所の鏡を見るたびに、 ほんの 5 秒、長く立つようになった。
朝、頭頂部を斜めから確認する。 夜、前髪の生え際の左右の角を見る。 お風呂上がりに、濡れた状態の髪のボリュームを記録する。
何も変わっていなかった。 気のせいだった、と思う日もあった。 少しだけ気になる、と思う日もあった。
僕は、まだ何もしていない。 薄毛治療を始めていないし、オンライン診療の問診票も開いていない。 それでも、鏡の前の 5 秒間は、続いている。
その 5 秒は、たぶん、判断を待つ時間だ。
進行している、と判断する日が来るのか。 来ない日が続くのか。 来たとき、僕はどう動くのか。
それを、急いで答えにせず、観察し続けている。
僕は、薄毛の領域にまだ「住んでいない」。 ただ、街の端の、その領域の標識が見える場所まで、来た気がする。
当事者の声で書ける日が来るのか、来ないのかは、わからない。 それでも、観察者として、5 秒の鏡の時間を、記録しておくことにした。
これは、まだ何も始まっていない人の、最初の記録だ。