結婚相談所のカウンセラーは、僕の最初のプロフィール写真を、淡々と眺めた。
「もう一度撮りましょうか」
声に、否定の響きは、なかった。 ただ、その「もう一度」の中に、僕の写真が、相談所のシステムに載せるには適していない、という事実が、含まれていた。
僕は、35 歳で、結婚相談所に入会した。
最初の写真は、自宅で、白いシャツを着て、自分で撮った。 カメラを三脚に立て、タイマーで、笑顔を作って、シャッターを押した。
その写真を、僕は「ちゃんと撮れている」と思っていた。 ただ、カウンセラーが見ていた基準は、僕の自己評価とは、別物だった。
提携の写真スタジオに行った。
カメラマンの男性は、僕より少し年上で、淡々と、いくつか指示を出した。
「もう少し顎を引いて」 「目線を、レンズの少し上に」 「肩の力を抜いて、息を吐いてみてください」
そのどれも、僕が一人で自撮りしていたときには、考えたこともない動作だった。
撮り直された写真を、後日、メールで受け取った。
そこに写っていたのは、僕だった。
ただ、自宅で撮った写真の僕より、表情が少し、整っていた。 頬の凹凸は、同じだった。 目の下のたるみも、同じだった。
それでも、視線と顎の角度と肩のリラックスだけで、「相談所のシステムに載せられる写真」になっていた。
ここで書きたいのは、写真スタジオで撮るとマッチングが成功する、という話ではない。
書きたいのは、僕が、その日、はじめて、 自分の顔は、撮り方によって、ずいぶん違う顔として残る、 ということを知った、という事実だった。
それまで、僕は、自分の顔を、ひとつの固定された輪郭として、見ていた。
鏡の中の自分。 集合写真の自分。 自撮りの自分。
全部、同じ「ダメな顔」として、まとめて評価していた。
カメラマンが撮った写真は、その評価を、はじめて、揺らした。
結婚相談所に入って、半年で、僕は退会した。
理由は複数あった。 一人で過ごす時間も、まだ大事にしたい、ということに、その半年で、気づいた。
退会の決断は、写真スタジオで撮られた一枚と、関係があった、と、いまでも思っている。
「僕の顔は、僕が思っていたよりも、選び方次第で変わる」
その認識を持って退会したから、その後の自分との対話の温度が、少し、低いものになった。
「女性からどう見られているか」を気にしてきた数年に、僕は、自分の顔を、自分の中で、必要以上に減点していた。
その減点は、たぶん、現実には、起きていなかった。 ただ、減点していた事実だけが、僕の中に、長く、残っていた。
写真スタジオで撮り直された日は、僕にとっての、ある種の通過点だった。
整える、というのは、顔を変えることではなく、 自分の顔を見る角度を、自分のために、いくつか持つこと。
その日、僕は、それを、はじめて、知った。