シャツが、背中で、引っかかった。

夜、ベッドに入る前、Tシャツを脱ごうと腕を上げたときだった。 布の繊維が、背中の右側の、ある一点に、止まった。 脱ぐ動作のあいだに、その点が、鈍く痛んだ。

そのときはじめて、背中に、何かがある、と気づいた。


その夜、僕は、洗面所の鏡を、横向きに使った。

背中を映そうとして、首をひねって、上半身を半回転させた。 ただ、自分の背中の中心は、どんなに頑張っても、よく見えなかった。

スマホで、写真を撮った。 何度も、腕を曲げて、シャッターを押した。 画像を拡大して、はじめて、背中の右上のあたりに、赤い炎症がいくつか並んでいるのを、見た。

それは、ずいぶん前から、そこに、あったのだと思う。 気づかなかったのは、見ようとしてこなかったから、だった。


背中、というのは、不思議な場所だ。

自分の身体の一部であるはずなのに、自分では、ほとんど見えない。 鏡を二枚使うか、スマホで撮るかしないと、視界に入らない。

その「見えなさ」が、いつのまにか、僕の中で、「見ないことにしている領域」になっていた。

顔の凹凸は、毎朝、鏡の前で、確認していた。 脇の汗は、シャツの裏で、確認していた。 ただ、背中だけは、確認の対象にすら、入っていなかった。


背中ニキビ、という言葉を、僕は、その夜、はじめて検索した。

「背中 ぶつぶつ 男性 大人」 「背中ニキビ 痛い 原因」 「背中 にきび 30 代 男」

検索結果には、商品の広告と、原因の羅列と、皮膚科への誘導が、並んでいた。 その中には、僕が探していた言葉は、あまりなかった。

僕が探していたのは、原因の知識ではなかった。 「背中という見えない場所を、見ないふりで過ごしてきた数年がある人がいた」という、ただそれだけの、静かな前例だった。


背中ニキビには、いくつかの原因がある、と知った。

皮脂腺が多い部位であること。 シャンプーやコンディショナーのすすぎ残し。 寝具や衣類の摩擦。 汗の蒸れ。 ホルモンバランスやストレス。

ひとつひとつは、特別な原因ではなかった。 ただ、それらが日常の中で重なると、見えない場所で、少しずつ、何かが起きる、ということだった。


僕は、その夜から、いくつか、生活の動作を、変えた。

寝具のカバーを、洗う頻度を上げた。 シャンプーのあと、もう一度、シャワーで背中を流すようになった。 シャツの素材を、汗で蒸れにくいものに、少しずつ、入れ替えた。

特別なものは、買わなかった。 特別な決意も、しなかった。 ただ、「背中を、見えない場所として扱わない」というだけの、小さな転換だった。


数ヶ月後、皮膚科にも行った。

予約を取る前夜は、少し迷った。 顔のニキビ跡で長く通院した皮膚科を知っていたから、心理的な段差は、最初のときより、ずっと低かった。 それでも、背中という場所を、医師に見せる、という動作には、独特の重さがあった。

医師は、淡々と、背中を確認した。 炎症のあるものと、跡になっているものを、別の処置として説明された。 外用薬と、皮脂のコントロールの話を、紙の上で、淡々と受けた。

その日、僕は、施術を受けた。 特別な結果は、その場では出なかった。 ただ、自分の見えない場所の状態を、自分以外の誰かに、客観的に説明してもらえた、という事実だけが、残った。


ここで書きたいのは、背中ニキビが「治った」という話ではない。

書きたいのは、自分の見えない場所を、放置するのをやめた、という日のことだ。

背中の炎症の数は、その後、年単位でゆっくり減っていった。 完全には、消えなかった。 それでも、シャツを脱ぐときに、繊維が引っかかる、その鈍い感覚は、少しずつ、薄くなっていった。


背中、という見えない場所を、ちゃんと整える時間を、自分の生活に組み込む。

それは、誰かに見せるためではなかった。 自分自身が、自分の身体の全体を、見ないふりせずに、扱う という、それだけの動作だった。

その動作の積み重ねが、僕にとっての、見えない場所の回復だった。


これを読んでいる人で、シャツを脱ぐときに、背中で布が引っかかる、その感覚を、長く無視してきた人がいるかもしれない。

その人に、伝えたいことがある。

それは、急いで皮膚科に予約を入れる必要はない、ということだ。 今夜、まず、スマホで自分の背中の写真を撮るだけでも、十分だ。

見えない場所を、見ることにする。 それだけが、最初の動作で、それだけで、回復は始まる。


完璧に、整える必要はない。 ただ、自分の身体に、見ない場所を作らないようにする。

それで十分だ、と、僕は、いまでも思っている。