「温泉、行かない?」と誘われたとき、僕はいつも、仕事を理由にしてきた。

繁忙期だから。 そのあと出張があるから。 来週なら大丈夫だけど、その日は無理で。

理由は、毎回少しずつ変えた。 同じ友人から二回続けて誘われた年は、二回目は別の理由を用意した。

そうやって、僕は、五回続けて温泉旅行を断った。


理由は、行きたくなかったわけじゃない。

正直に言えば、行きたかった。 紅葉を見たかったし、誰かと露天風呂で話したかったし、夜の宿の廊下を歩きたかった。

ただ、脱衣所で服を脱ぐ、その動作が、僕には、許容できなかった。

服の下にある自分の身体を、明るい蛍光灯の下で、知らない他人の前にさらすこと。 シャツに染みていたかもしれない匂いが、そのまま、自分の素肌に張りついていること。 脇の下に、誰かの視線が、ほんの一瞬でも、触れる可能性があること。

そのどれもが、僕には、超えられない段差として、立っていた。


ワキガ、という言葉は、僕は長いあいだ、自分のことだとは認めたくなかった。

それを認めると、夏の予定や、人付き合いや、服選びや、選んできた仕事の動線まで、 自分の身体の事情によって決まっていた ことが、はっきりしてしまうからだった。

代わりに僕は、自分のなかで、別の言葉を使ってきた。 「汗をかきやすい体質」「人より少し代謝が高い」「夏に弱い」。

それは半分は本当だった。 ただ、その言葉では、温泉を断る理由は、自分の中でも説明しきれなかった。


集団入浴を避けた数年のあいだ、僕は、自分の身体について、誰にも話さなかった。

恋愛関係にある相手にも、家族にも、医師以外の誰にも。 体臭の話をした瞬間に、相手の中の僕の輪郭が、少し下がる気がした。 その下がる感覚は、現実かどうかわからない。 ただ、その想像だけで、僕は、口を閉じていた。

結果として、僕は、自分の体臭について、自分の中で抱え続けた。 皮膚科でワキガ手術の見積もりを取った日も、誰にも報告しなかった。 手術を受けた翌週も、職場で「ちょっと風邪気味で」とだけ言った。


手術が終わって、半年後の冬に、初めて温泉宿に泊まった。

予約は、自分で取った。 一人だった。 群馬の、古い温泉旅館を選んだ。

夕方の貸切風呂を頼んで、誰にも会わずに、湯に入った。

その夜のことを、僕は、後から思い出すたびに、 手術が成功したから良かった、という話ではなかった と気づく。

良かったのは、自分の身体について、自分以外の誰かの判断を待たずに、 温泉に行く、という選択を、自分でできた ことだった。


集団入浴を、それ以来、特別に好きになったわけではない。

混雑した温泉の脱衣所は、いまでも、少し緊張する。 夏の銭湯の蒸し暑さは、いまでも、長くは耐えられない。 それでも、誘われたときに、行ける日と、行けない日を、 自分の体調と気分で選べる ようになった。

予定を、体臭という前提で組まなくてよくなった。


これは、症状の解消の話ではない。 回復は、集団入浴を選べるかどうかの自由が、自分の手元に戻ってきた瞬間に起きた、というだけの話だ。

ワキガの手術を受けるかどうかは、その人の生活のなかでの判断だ。 費用も、回復期間も、保険適用の条件も、人によって違う。 受けることが正解、というわけでもない。

ただ、温泉旅行を五回連続で断ったことがある人に、ひとつだけ伝えたいことがある。 それは、断っていた事実を、自分のなかで、責めなくていい ということだ。


僕は、五年間、五回、断った。 そのあいだに、何人かの友人とは、温泉以外の場所で会うようになった。 温泉の代わりに、夜のカフェで話した日のことを、僕はいまも覚えている。

その日々が、無駄だったとは、思っていない。

行けなかった理由には、ちゃんと、理由があった。 それを乗り越えたかどうかではなく、それを抱えながら過ごしたという事実が、 いまの自分の温度の一部に、なっている。


今日、誰かからの旅行の誘いを断ったとしても、それは、たぶん、間違いではない。

ただ、五年後の冬に、自分で予約した温泉宿の暖簾を、自分の足でくぐる可能性は、 今日のあなたにも、すでに、ある。

そのことを、ときどき、思い出してもらえたら、それで十分だと思う。