エレベーターに乗り込む前、中に何人いるかを確認していた時期がある。

一人か二人なら、乗る。三人以上いるなら、見送ることが多かった。 密室に他人と入るのを、避けていた。 理由は、自分の匂いが他人に届くまでの距離を、頭の中でいつも計算していたからだ。

ワキガ、という診断を病院でもらったのは、二十歳になる前のことだった。 それから、長い距離の話が始まった。


人と話すとき、僕は半径一メートル以上の距離を、いつも意識していた。

近づきすぎないようにする、というよりは、相手に近づかれないように、こちらが少し下がる。 たぶん、外から見ると、僕は「ちょっと冷たい人」に見えていたと思う。 実際には、近づきたくなかったのではなくて、近づくことのリスクを毎回計算していた、というだけだった。

その計算は、一日中、止まらなかった。 人と話すたびに、頭の中で距離が更新される。 それは、人と一緒にいることの本来の喜びを、確実に減らしていた。


服も、行動も、距離のために設計されていた。

汗を抑えるインナーを毎日替えた。制汗剤を、外出時にも持ち歩いた。 電車では、ドアの近くに立つ。座席に座るときは、隣の人を遠ざける角度を選ぶ。 飲み会では、横並びの席を避けて、対面に座る。

これらはすべて、「他人との距離をコントロールする」ためのルールだった。 他の人から見えないところで、僕は毎日、半径を測っていた。 それは、誰かに教わったわけではない。身体が自分で覚えた習慣だった。


風向きにも敏感だった。

夏の日、屋外で立ち話をするとき、自分が風上に立たないように、立ち位置を調整した。 室内では、エアコンの吹き出し口の方向を見て、自分の位置を決めた。 シャツの腕周りが擦れる音、Tシャツの脇の生地の感触。 身体の側からの情報が、いつも先回りして届いていた。

季節と、服装と、立ち位置と、人との距離。 それは、ひとつのつながった計算式だった。


ただ、その距離の取り方が、相手にどう映っていたかは、当時の僕には分からなかった。

「迷惑をかけてはいけない」という気持ちで取った距離が、相手には「壁を作っている人」に見えていたかもしれない。 気を遣って下がったつもりが、誰かを傷つけていたかもしれない。

それを後から考えるようになったのは、もう少し時間が経ってからだ。 自分のことに必死だったあいだは、相手の表情を読み取る余裕がなかった。


二十代後半、ワキガの手術を受けた。 匂いは、ほぼ消えた。医者には「ほぼ正常な範囲」と言われた。

ただ、半径の習慣は、すぐには消えなかった。 エレベーターに乗るときに、人数を数える癖は、何年か残った。電車のドアの近くに立つ癖も、まだある。 それは、もう距離の必要のために起きていることではなくて、身体に染み込んだ、ただの習慣だ。


最近、人と話すときに、自分が前より少し前に出ているのに気がつくことがある。

それは、何かが終わった、というよりも、何かがほぐれている、という感覚に近い。 匂いが消えたから距離が消えた、というほど単純ではなかった。 身体が、ゆっくり、新しい習慣を覚え直している。

距離を測らないでいられる時間が、少しずつ長くなっている。

それを、Social Recovery と僕は呼んでいます。 回復の輪郭は、いまのところ、そのくらいの言葉でしか書けません。