セレクトショップの試着室の前で、グレーのTシャツを一度手に取って、棚に戻した。

その動作を、僕は十年、繰り返した。

色は綺麗だった。質感も良かった。値段も、特別高くはなかった。 ただ、それを着て家を出る自分が、想像できなかった。


グレーは、汗が滲んだときに、いちばん色が変わる。

紺は隠す。黒は隠す。白は、意外と目立たない。 グレーだけが、脇の下を、丁寧に、誰よりも先に、教えてしまう。

それを自分の身体で何度も確認してから、僕は、棚に手を伸ばすたびに、無意識に、グレーを避けていた。


最初は、夏のあいだだけだった。

五月の後半から、九月の頭まで。 その四ヶ月は、グレーを選ばない。 冬になれば、シャツの色のことを考えなくて済む。

ただ、ある年から、季節の境界が、少しずつ曖昧になっていった。

四月に湿度が上がる年もあれば、十月までクーラーが必要な年もあった。 僕は、いつのまにか、一年中、グレーを手に取らない人間になっていた。


そのことを、誰かに相談したことは、一度もなかった。

「夏になるとグレーが着られない」と、言葉にするだけで、 自分の体の正直な弱さを、目の前の相手の前に、はっきり置くことになる気がした。

代わりに、僕は、自分の中で、ルールを増やしていった。

シャツの下にもう一枚インナーを着る。 鞄に汗パッドを常備する。 電車で席があっても座らない。 プレゼンの前は、トイレで腕を上げて、もう一度確認する。

そういう、ひとつひとつの小さな工夫を、誰にも気づかれずに、組み合わせて回していた。 それで、なんとか、毎年の夏を、通過していた。


選択肢が手元にあると気づいたのは、二十代の半ばを過ぎてからだった。

外用薬。脇のボトックス。汗腺の手術。 それぞれに、向き不向きと、コストと、回復の時間があった。

どれかが「正解」というわけではなかった。 自分の生活の中で、どこまで許容できて、どこからが許容できないかを、 ひとつひとつ、自分で測っていく作業だった。

僕は、皮膚科の外用薬から始めた。 肌に合うものを、合わないものを、半年かけて見分けた。 そのあと、脇のボトックスを定期で続けた。 効果が切れる六月ごとに、予約を入れる生活を、何年か、続けた。

二十代の後半に、最終的に、手術を受けた。 傷が落ち着くまでに、夏をひとつ、跨いだ。

ここまでに、五年かかった。


ここで書きたいのは、汗の量が減った、という話ではない。

書きたいのは、その五年が終わったある日、 表参道のセレクトショップで、グレーのTシャツを手に取って、 戻さずに、レジに進んだ、その瞬間のことだ。

レジの女性は、何の表情も浮かべずに、淡々と袋に詰めた。 僕は、何の表情も浮かべずに、それを受け取った。

外には、初夏の光があった。 グレーを着て、地下鉄に乗って、友人とランチに行った。

何度も腕を上げて、テーブル越しに話した。 何の心配もなく、ただ、話していた。

その日のことを、僕は、いまも、はっきり覚えている。


回復、というのは、こういう日のことだ、と思った。

汗の量が減ったから回復した、のではなく、 グレーを「選ぶかどうか」を、汗のせいではなく、自分の好みで決められるようになった。 そのことを、回復と呼ぶのだ、と思った。

何かが治った、というよりも、 選択肢が、自分の手元に戻ってきた、という感覚に近かった。


十年は、長い時間だ。

夏の四ヶ月を十回、グレーを避けて生きると、四十ヶ月、つまり三年と少しになる。 僕の二十代の三年が、そういう、小さな避け事の積み重ねでできていた。

それは、誰のせいでもなかった。 ただ、当時の僕は、自分の身体について、まだ、選択肢の地図を持っていなかった。


これを読んでいる人に、急いで何かを始めてほしい、とは思わない。

外用薬を試すのも、ボトックスを始めるのも、手術を受けるのも、 どれも、その人の生活の中の、その人の判断だ。

ただ、グレーのTシャツを棚に戻したことが何度もある人に、 ひとつだけ伝えたいことがある。

それは、選択肢は、思っているより、ずっと近くにある ということだ。

十年後の夏に、グレーを当たり前のように手に取れている自分を、 今日、想像することは、もうできる。

その想像から、ゆっくり、始めればいい。


今日、急いで変わる必要はない。

ただ、夏のクローゼットに、いつかグレーが一枚増える可能性があることだけ、覚えておいてもらえたら、嬉しい。

それで、十分だと思っている。